大和神社について

由緒

日本書紀によると、日本大国魂大神(やまとおおくにたまのおおかみ)は、崇神天皇の頃まで宮中内に天照大神と同殿共床で奉斎されていました
第十代崇神天皇六年に天皇が神威をおそれ、天照大神を皇女豊鋤入姫命をして倭の笠縫邑に移されたとき、皇女淳名城入姫命(ぬなきいりひめ)に勅して、市磯邑(大和郷)に移されたのが当神社の創建であると伝えられています
社地は後代でうつり、現在の地に鎮座しました


その後、椎根津彦の子孫である市磯長尾市が神主となり、その子孫である大倭氏が代々奉仕し明治時代に官幣大社に列せられるまで続きました
奈良時代、遣唐使や唐への使臣は出発に際して当社へ参詣し、交通安全を祈願しました
これは椎根津彦が海の案内人であったことに由来すると伝わリます

祭神
日本大国魂大神
八千矛大神
御年大神

摂社
高龗神社
増御子神社
朝日神社

末社
事代主神社
厳島神社

境内外
歯定神社
菅原神社
素戔嗚神社
稚宮神社
白堤神社
渟名城入姫神社
岩懸神社(御神輿駐賛所)
御旅所坐神社(大和稚宮神社)

境内配置図

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